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幸せの温度


今日は、朝からはっきりとしない空模様で、いつもは柔らかい日差しが差し込む、このお部屋も、今日は、薄暗く感じてしまいました。
小鳥たちのにぎやかな声も聞こえず、しんと静まり返ったお部屋にいると、まるでわたくしは全ての音を無くしてしまったかのようです。

このような日は、いつにましても、体調がすぐれません。
まるで、この空が、わたくしの心を知っているかのように、兄上様に会えない、わたくしの心を知っているかのように、わたくしの心の色を空に映しているのです。


わたくし、お天気の良い日は、とても気分がよいのです。
明るく、澄みきった空を見上げていると、兄上様の住む街へと、すぅーっと飛んでいけるような気がして・・・
木漏れ日の落ちる林の中を歩いていると、ここを抜けたら、そこには兄上様の住む街があるような気がして・・・
その日は、一日中、気分が良く、もうわたくしの病気なんかすぐに良くなってしまうのでは、そもそも、わたくしは病気ではなかったのでは、と思ってしまう程です。


でも、今日は・・・

ポツッ
「あっ」
窓辺で外を眺めていた、わたくしは、窓ガラスに水滴がついたのに気付きました。

ポツッポツッ

今まで、こらえていた空も、とうとう限界のようです。
みるみるうちに外は暗くなり、雨が降ってきました。


わたくし、雨は好きではありません。
雨の日は、療養所の外に出ることはできませんし、ときどき、微熱が出てベッドで安静にしていなくてはいけないときもあります。
それに、いつもは楽しみにしている、部屋の窓から眺める風景も、力を無くして、打ち付ける雨粒にひたすら耐え忍んでいるように見えてしまいます。


「!!」

いつのまにか窓ガラスに手をついたわたくしは、手のひらに感じたあまりの冷たさに驚いて手を引いてしまいました。
ガラスから離れても、手のひらは、まだ、冷たく、そこから、わたくしの体温が吸い取られているように感じました。

この窓から続く空の向うには、兄上様がいらっしゃるというのに、このガラスは、その冷たさで、わたくしと兄上様の繋がりを絶ちきろうとしているかのようです。


「・・・寒い」

わたくしは、突然、寒気を感じて、身震いしました。
窓際にずいぶんと長く立っていたのが良くなかったようです。
ちょっと、無理をしてしまいました。


わたくしがベッドに戻ろうとしたとき
ふっと身体中の力が抜け、目の前が暗闇に覆われて・・・

ワンワン!

ミカエルがないているのが聞こえます・・・

わたくし・・・

・・・

・・




「?」

手のひらの暖かい感触に、わたくしは目を覚しました。

「よかった、気がついたんだね」

わたくしの手を握っているのは・・・兄上様!

「兄上様、どうしてここに?」

兄上様は、わたくしが突然倒れたと聞いて、大慌てできてくださったそうです。

「鞠絵。なにかして欲しいことはないかい?なんでもいいからいってごらん。せっかく、鞠絵のところに来たんだから・・・」

兄上様は、わたくしを気づかって、そう言ってくださいました。

「いえ、そんな・・・わたくしは、兄上様がきてくださっただけで、もう、それだけで満足です」
「鞠絵とは普段会えないから、こんなときは甘えていいんだよ」

わたくしは兄上様のお心遣いに胸がいっぱいになりました。
遠く離れていても、わたくしのことを想っていてくださる兄上様のお心に触れられて、わたくしは・・・わたくしの心は・・・幸せに満ち満ちていきます。

「では、ひとつだけお願いを・・・」
「なんだい?」
「このまま、わたくしの手を握っていてくださいませんか?」
「ああ、鞠絵が満足するまで、こうしているよ」

わたくしは、今、幸せです。兄上様の優しさを一人占めしていられるのですから・・・

兄上様のこの手のひらの温もり・・・あぁ、これが幸せの温度なのですね。
この温もりがあれば、わたくし、どんなに冷たい雨の日でも耐えることができます。

そして、いつかは兄上様の御許へ・・・

いつかきっと


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あとがき

「angela」の「ソラノコエ」というアルバムに「幸せの温度」という曲があるのですが、その曲から鞠絵ちゃんを連想したので、お話を書いてみました。
鞠絵の話し方、難しいよ・・・


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