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君の側に


今日は舞のお稽古の日でした。
うふふっ、ワタクシ、今日はとっても調子がよくって・・・きっと、お稽古の最中ずっと、兄君さまのことを考えていたからですわね。
先生にも、とても良かったですよ、と誉めて頂きました。

あぁ、早く兄君さまに、ワタクシの舞を見て頂きたいですわ!

お稽古場からの帰り道、日頃の練習の成果を、兄君さまにご披露するときのことを考えていたら・・・ワタクシ、いつのまにか、その場で、舞を舞っていたのです。

ここで、手を返して・・・
ここは、優雅に、大きく・・・


ワタクシの舞う姿をご覧になった兄君さまは、ワタクシの手をとって
「春歌。とってもステキだったよ」

それから・・・ああっ、兄君さま!そんなことをされたら、ワタクシ・・・ポポポッ(はぁと)


ポツッ

「え?」

ポツッ、ポツッ

ザァーーーーッ


ワタクシ、舞のことに気をとられて、気付きませんでした。
あんなに晴れていた空が、いつのまにか厚い雨雲に覆われて・・・
大粒の雨が、降ってきたのです。


ザァーーーーッ


「はぁ、雨、止みませんね・・・」

ワタクシ、イザというときに困らないよう、いつも傘を持って出かけるのですが、今日は忘れてきたみたいです。
とりあえず、公園の木の下で、雨を避けていたのですが、突然の事で、服が濡れてしまって・・・ちょっと体が冷えてきてしまいました。


ワタクシが途方に暮ていると

「やあ、春歌。こんなところで雨宿りかい?」
「兄君さま!?」

兄君さまは、偶然、ここを通りかかって、木の下にいるワタクシを見つけたそうです。

あぁ、なんという偶然。偶然?いいえ、これはもう偶然ではありませんわ。
きっと神様が、ワタクシと兄君さまを引き合わせるために雨を降らせたに違いありません。
ワタクシが今日に限って傘を忘れたのだって・・・
うふふっ、やはり、ワタクシと兄君さまは、絶対に離れられない運命なのですね。


それから、兄君さまは「雨、止みそうにないから、この傘に入って行くかい?二人だとちょっと狭いかもしれないけど」と言ってくださったのです。

兄君さまと相合い傘!
あぁ、神様!春歌はこんなに幸せで良いのでしょうか?・・・ポッ


「あの、兄君さま・・・よろしければ、池の方をまわって行きませんか?」
ワタクシ、兄君さまとの時間を少しでも長くしたくって、つい、そんなお願いをしてしまいました。

「うーん、でも、服が濡れているから、早く家に帰って着替えた方が・・・」
「兄君さま。ご心配には及びません。ワタクシ、お稽古事で、体は鍛えてありますから、これぐらい大丈夫ですわ」

兄君さまは、ワタクシの体を気遣って、そう言ってくださったのに、ワタクシは、自分の事ばかり考えてしまって・・・

そんな、ワタクシの邪な考えに罰があたってしまったのでしょう
ワタクシ、風邪をひいてしまいました。


ワタクシとしたことが、一生の不覚。
ドイツにいるお祖母さまが、このことを知ったら、「春歌さん。精進が足りませんよ」と、いつものお説教が始まっていたことでしょう。
兄君さま、申し訳ありません。
せっかくの兄君さまの気遣いを無駄にしたばかりか、こんなことになってしまうなんて・・・

でも、兄君さまは、お優しい方です。
こんなワタクシを心配してお見舞いに来てくださったのです!


兄君さまを見て、ワタクシはお布団から起きようとしたのですけど、兄君さまは「ちゃんと寝てないとだめだよ。春歌には、いつもお世話になっているから、今日は身の回りのことは、全部、僕が面倒をみるよ」と言ってくださいました。

あぁ、兄君さま。
お見舞いに来てくださっただけでも、ワタクシは幸せだというのに・・・
ワタクシ、兄君さまのそのお言葉で、もう天にも昇る気持ちですわ。


「春歌。喉は乾いていないかい?お水を持ってきたよ」
「ありがとうございます。兄君さま」

「春歌。お腹すいていないかい?リンゴを剥いてあげるよ」
「ありがとうございます。兄君さま」

「春歌。なにかして欲しいことはないかい?」
「いえ、兄君さま。ワタクシは、兄君さまが側にいてくださるだけで、もう十分ですわ」
「そうかい。春歌には、いつもいろいろしてもらってるから・・・僕にできることがあったら、なんでも言っていいんだよ」
「・・・あの、それでしたら・・・手を握ってくださいますか?」
「なんだ、それくらいお安い御用だよ」

春歌は欲がないなと兄君さまはおっしゃいましたけど、ワタクシ、これ以上の、お願い事は思いつきませんわ。
兄君さま。ワタクシ、今、とっても幸せです。


そのときワタクシは、ふと、ドイツにいた頃の事を思い出しました。

ドイツにいた頃、お稽古事に夢中になって、熱を出したことがありました。
そのときも、こうして、昼間から床に臥せっていて・・・
部屋で寝ていると、まるで、この世界にはワタクシ一人だけしかいないのでは、と思ってしまうぐらい、とても寂しい気持ちになったのです。

・・・でも、今は
でも、今は、兄君さまが側にいてくださいます。
そして、ワタクシの手を優しく握っていてくれて・・・

・・・

「んっ?」
いやだ、ワタクシったら。
兄君さまが側にいてくれるからでしょうか?すっかり安心して、いつのまにか眠ってしまったようです。

「兄君さま?」
目を覚すと、兄君さまが・・・いない!


そのときワタクシは、思いました。
ひょっとして、ここはドイツで、今までの出来事は、ワタクシの見ていた夢なのでは?
病気で寝ているワタクシが、まだ見ぬ兄君さまのことを夢に見ていたのでは?


そう思ったら、ワタクシ、いてもたってもいられなくなり、兄君さまを探し始めました。

寝室、客間、茶の間、玄関・・・

そして、ようやく台所で兄君さまを見つけたとき
「兄君さま!」
ワタクシ、あまりの喜びに兄君さまの胸に飛込んでしまいました。
後から、考えたら、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいですわ・・・ポポッ

兄君さまの胸の中は、とても心地好く、ワタクシは、もう幸せでクラクラします。

あら?
あらら?
身体中が熱くて・・・
頭がふらふらしますー

・・・

ワタクシ、恥ずかしいことに、気を失ったみたいです。
この後、兄君さまはワタクシをお布団まで運んでくださって・・・
あぁ、ワタクシったら、また兄君さまにご迷惑を・・・


ワタクシが無理して起きた理由を、兄君さまにお話しすると
「それじゃあ、春歌の風邪が治るまで、つきっきりで看病しないといけないね」
と言ってくださいました。

ワタクシ、気付いたことがあります。
こうして、兄君さまに見守られていると、ワタクシ、心が暖かくなってきて、とっても幸せな気持ちになることに・・・

そして、ワタクシわかったのです。
兄君さまをお守りするということは、兄君さまの御身を守るということだけでなく、兄君さまのお心を幸せな気持ちにして差し上げることでもあるということに


兄君さま。ワタクシ、これからも一生懸命、兄君さまをお守りいたします!
そのためにも、もっともっと、お稽古に励んで、立派な大和撫子になって見せますわ

ですから、兄君さま。ワタクシをいつまでもお側にいさせてくださいませね(はぁと)


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