過去と今と、そして明日へ
「鞠絵ちゃん、コンニチワ!四葉デスー!」
今日は四葉ちゃんが、わたくしの療養所まで、お見舞いに来てくださいました。
四葉ちゃんは、最近までイギリスで暮らしていた、わたくしの妹で、遠い土地に兄上様と離れて暮らしていたためか、兄上様のことをとっても知りたがっているみたいなんです。
兄上様からのメールで知ったのですが、四葉ちゃん、兄上様の学校に忍び込んで大騒ぎになったんですって。
兄上様は「もうカンベンしてくれ」って言ってましたけど、当の四葉ちゃんは「今度はカンペキに変装しマス」と言ってましたから、そのうち、また兄上様から、四葉ちゃんの大騒動についてのメールが届きそうです。
「鞠絵ちゃん。コレお見舞いデス」
四葉ちゃんはカラフルな絵柄の包みを差し出しながら言いました。
この香り・・・きっと、四葉ちゃんのスペシャルドーナッツですね。
「それじゃあ、お茶の時間にしましょう」
わたくしは、いつものティーセットを用意しました。
わたくし、四葉ちゃんのお見舞いを楽しみにしています。
それは、四葉ちゃんから兄上様の近況を聞くことができるからなんです。
あっ、もちろん、四葉ちゃんが来てくれるのもうれしいですよ。
「えーっと、最近の兄チャマは・・・」
四葉ちゃんは、兄上様を事細かく観察 ─四葉ちゃん流にいうとチェキ─ しているみたいで、四葉ちゃんのお話を聞いていると、まるでわたくしが兄上様の側にいたのでは、と錯覚してしまうくらいです。
「あっ、そうデス!四葉この前、兄チャマのアヤシイ行動を目にしたデス」
「怪しい?」
「ハイ!この前、兄チャマがショッピングモールへお買い物に行ったのを、四葉、尾行してたデス。クフフッ、あのときはパーフェクトな尾行で、兄チャマ、ゼンゼン四葉に気付いてなかったデス。いつもなら、100メートルも歩いたら兄チャマに・・・」
「それで、兄上様はどうされたのですか?」
「え?・・・あっ、ええーっと・・・兄チャマは、オシャレなお店に入って行って・・・あれれ?兄チャマ、こんなお店に何の御用かなって、こっそりお店の中を覗いたら、兄チャマ、女性用の白い帽子を買ってたデス。・・・うー、きっと兄チャマ、あれをステディにあげるつもりなんデス・・・」
四葉ちゃん、急にしょんぼりした顔になって・・・ウフフッ、わたくしがアレを見せたらきっとびっくりしちゃいますね。
「うふふっ」
「ムー、鞠絵ちゃん、何が可笑しいデスカ?」
「兄上様が買った帽子とは・・・コレのことでは?」
わたくしは、兄上様から頂いた白い帽子をかぶってみせました。
「あーっ!それ!それデス!」
「うふふ、どうでしょうか」
この帽子。
病室に閉じこもりがちのわたくしを気遣って、兄上様がわたくしに、こんな素敵な贈り物をしてくださったのです。
つい先日届いた、この帽子を、わたくしはとっても気に入ってしまって・・・時間があれば、鏡で帽子の具合を確かめたりしてるくらいなんですよ。
「知らなかったデス・・・鞠絵ちゃんは・・・兄チャマの・・・コイビトだったのデスね!!」
「ええっ!?」
わたくし、思わず大きな声をあげてしまいました。
だって、四葉ちゃんが、わたくしのことを兄上様の、その、こ、恋人だなんて・・・
「うわぁーん!二人がそんな仲だったなんて・・・四葉のチェキが足りなかったデスー!」
「あ、いえ、これは・・・」
四葉ちゃんに本当のことを説明するのは大変でした。
でも、最後には理解していただけたようで、四葉ちゃん、兄上様にディアストーカー・ハットを買ってもらうデスって張り切っていました。
「鞠絵ちゃん・・・それで、あのう・・・」
「わかってますよ。昔の兄上様のお話ですね」
そう言うと、四葉ちゃんはキラキラと目を輝かせて、わたくしの顔にくっつくくらいの勢いで近寄ってきました。
わたくし、四葉ちゃんから兄上様の近況を聞かせてもらうかわりに、四葉ちゃんに昔の兄上様のお話をしてあげることにしたのです。
「こう見えても、わたくし、小さい頃はオテンバで、兄上様を困らせていたんですよ」
「へぇ〜」
四葉ちゃんは、わたくしのたわいないお話にも、大きくうなずいて感心したり、ときにはオーバーなほど驚いたりしてくれて、とっても話甲斐があるんです。
それに、わたくしも昔の話をしていると、兄上様と過したあのころに戻ったような気がして、とても楽しく話をすることができるのです。
そうしているうちに夕刻になり、四葉ちゃんがお家に帰る時間。
四葉ちゃんは兄上様のいる街へ帰っていくのですね。
そう思うと、本当はいけないのに、四葉ちゃんを妬ましく思う自分に気付くのです。
「わたくしも、兄上様と一緒に暮したい・・・」
わたくし、思わず口にしてしまいました。
それを聞いた四葉ちゃんは
「大丈夫デス!鞠絵ちゃんだって元気になれば、兄チャマと一緒に暮せるようになるデス」
「そう、でしょうか?」
「鞠絵ちゃん。"Tomorrow is another day" なのデス。四葉、鞠絵ちゃんが元気になるって信じてマス」
どうしてでしょうか
四葉ちゃんの言葉を聞いていると、本当にそうなるような、体の中から自然と力がわいてくるような、そんな感じがします。
「そうですね。わたくしも元気になって、兄上様と一緒に暮せるように、なりますよね」
「そうデス!鞠絵ちゃん、ガンバってクダサイ!!」
元気になって、兄上様と一緒に暮したい。
いいえ
きっと兄上様と一緒に暮せる日が・・・
わたくしの願いがかなう日が・・・
「うふふっ、兄上様と一緒に暮せるようになったら、わたくしも四葉ちゃんに負けないくらい、兄上様をチェキしちゃいますよ〜」
「わわっ、四葉に強力ライバル出現デス〜」
明日はまだ、誰も知らない。
だから、きっと
わたくしと兄上様が一緒に暮らしている"明日"があると、わたくしは信じます。
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