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迷子



(どう、調子は?)
マスターから通信が入った。
(はい、センサーは全て正常に動作しています。バッテリー残量は出力50%で活動した場合、6時間40分程。各部可動ユニットに問題なし。思考プログラム、モードAで実行中。外部リンクシステム、通信速度の変動率は5%以内で使用には問題なし。全てのシステム、正常に動作中です。)
私はメッセージをマスターのノートパソコンに送った。
(ようするに問題ないってことね。それで今日やるのは、ラボ外での単独行動テストよ。外の世界で一人で行動するのは初めてだけど・・・でも、私がちゃんと見てるから大丈夫!あっ、でも基本的には、自分で考えて行動するのよ)
(はい、マスター)


私の名前はメカ鈴凛。ロボットだ。
ある目的のため、マスターは私を作った。
私はその目的が何なのか知らないが、それはどうでもよいこと。
マスターの要求を満たすために行動する。それが私の存在する理由。


私はマスターのいるオープンカフェを出て、大通りの方へ向かった。
(そのまま歩いて、公園の方に向かって)
マスターはノートパソコンを操作して私にメッセージを送る。
(はい、マスター)
(後は、自分でどうするか決めなさい。私はあんまりでしゃばらずに"見てる"から)
(はい)

マスターのノートパソコンは私の体に取りつけられた全てのセンサーとリンクしている。
私が、見たもの、聞いたもの、触れたもの、全てのものはデータとして送信され、マスターが"見ている"のだ。
私にとってマスターと物理的に距離が離れていることはたいした問題ではない。
こうしてデータを通して私とマスターはつながっている。
私はいつもマスターに"見守られて"いるのだから



通りを歩く。
外はラボ内とくらべようのないくらい情報にあふれていた。

(アイスクリーム屋さん)
私は通りに面したある店舗に目を向けた。

<アイスクリーム>
クリームなどの乳製品を主材料に、糖類・香料・などを加え、かきまぜて空気を含ませながら凍らせた氷菓子
<クリーム>
牛乳から分離採取した脂肪分。料理・菓子に使用。乳皮。乳脂。乳酪。
<脂肪>
油脂のうち、常温で個体のもの。ステアリン酸・パルミチン酸などの飽和脂肪酸のグリセリン-エステルを多く含む。植物では果実および種子、動物では結合組織などに存する。生物体の貯蔵物質で、重要なエネルギー給源である。
<ステアリン酸>
分子式C17H35COOH 飽和脂肪酸の一。無臭・白色の結晶体で、蝋燭・石鹸・軟膏・座薬などの製造原料。
<パルミチン酸>
一塩基脂肪酸の一。脂肪に似た白色の個体。木蝋・ヤシ油などに多く含まれる。
・・・
(作者注:すべて広辞苑より引用)

私は、マスターのノートパソコン経由でラボのメインコンピューターにアクセスした。
メインコンピューターのデータベースには様々な情報が納められていて、それを検索すれば、たいていのことは"わかる"
さらに、ラボのメインコンピューターからインターネットに接続すれば、もっといろいろな情報が引き出せる。
この街の人気グルメスポットもわかるし、今どこで何のイベントが行われているかを知ることもできる。

ただ問題がないわけでもなかった。
データベースを検索すると、メモリーを消費する。
私に内蔵されているメモリーには物理的な許容量があるので、関連リンクを辿って次々と検索していくと、あっというまにメモリーが情報で埋まってしまうのだ。

人は、必要な情報とそうでない情報をどうやって選り分けているのだろうか?

私は、以前、マスターと一緒にラボの外に出たときのことを思い出した。

『マスター。メモリー内が情報でいっぱいで処理できません』
『必要な情報だけにして、後は適当に流しちゃえば良いのよ』
『必要な情報とは?』
『例えば、あのお店は、店名とお勧めメニューぐらい知ってれば良いの』
『はい、マスター』

あのときは、マスターが側にいてくれたから良かったが、今、マスターは側にいない。
それに今は単独行動のテスト中だ。自分で判断しなければならない。

私は関連リンクを辿るのを3段階までに制限してデータベースを検索をすることにした。




「やあ、鈴凛。奇遇だね」
「あっ、アニキ!」
「なにしてるの?」
「えへへーっ、ちょっとねー」
「僕もご一緒していいかな?」
「もっちろんよ。やったー、私、ここの、抹茶ロールケーキ、食べたかったのよね〜」
「あはは、鈴凛にはかなわないな。いいよ僕のおごりだ」
「わぁ!さっすがアニキ!」




公園にきたとき、私はシクシクと泣いている身長131cmの少女を見つけた。
あたりに人影はなく、少女が一人だけ
状況から想定される対処方法があまりにも多すぎて、行動するのは困難だったが、思考プログラムは、その少女を無視することを拒否した。

しかし、どうすればいいのだろうか?
泣いていることから、この少女は怪我をしたのかもしれない。
もしそれが、命に関わる怪我であれば、今すぐ行動を起こさなければならない。

マスターに通信を送る。指示が欲しかった。
(マスター)
・・・・
(マスター?)
・・・・
反応がない
マスターのノートパソコンは動作しているし、センサーからの情報も滞りなく送信されている。
私の見ている映像はマスターも見ているはずだが・・・

緊急信号を送信しようとしたとき、私はマスターの言葉を思い出した。

(後は、自分でどうするか決めなさい。私はあんまりでしゃばらずに"見てる"から)

これもテスト、か?
しかし・・・

そのとき突然、私の思考プログラムは不安定になった。

本当にマスターは私を"見ている"のだろうか?
データは送信しているが、マスターはそれを受け取っているのだろうか?
マスターと私はつながっているのだろうか?

一定間隔でマスターへ通信を送っているが、反応はない



私は少女と会話することにした。とにかく情報を集めなくてはならない。

「どうしましたか?」
姿勢を屈めて少女に話しかける。

「くすん、ママ、どこに行っちゃったの?くすん」

この少女は保護者とはぐれたようだ。
つまり、迷子。

「わあーーーん」

少女は私に抱きつくと、大声で泣き出した。
そっと抱きしめる。

(この少女は母親と別れて不安なのだ)

そのとき私は思った。
この少女の状況は、今の私に似ている。

母親とはぐれた少女
マスターとつながっていない私


「あなたのママを私といっしょに探しましょう」

後から考えると、それは思考プログラムのバグなのかもしれない。
とても計算から導き出される効率的な方法ではなかった。
しかし、そのときの私はそうすることが良いことだと判断した。


「さあ、行きましょう」

私は少女の手を引き公園を後にした。


・・・


「わぁ!ママー!ママー!」
「まいちゃん!良かった」

あちこちを探し歩き、ようやく少女の母親が見つかった。

母親は私に向かって何度も何度も頭を下げていた。
その横で少女は母親の手をギュッと握り締め、今までの不安を吹き飛ばしたかのような笑顔になっていた。


「ありがとう、お姉ちゃん」
母親につれられて去っていく少女が何度も振り返って私に手を振っている。

そのときマスターから通信が入った。
(ゴメーン!ちょーっと、用があって・・・てへへ。あっ、でも、なにもなかった、よね?)
(はい・・・なにも、ありませんでした)
私は離れていく少女に向かって手を振りながらそう答えた。




「じゃあ、データのチェックするから・・・」

ラボに戻った後、マスターは今日のテストの後処理を始めた。
私はシートに座って、ケーブルを接続し、データをラボのコンピューターに送る。

「うわぁ、結構、歩いてるわね。フルメンテやったほうがいいかしら?」
マスターは私がかなりの距離を歩いていたことに驚いたようすだった。

「でも・・・ねぇ、こんなに歩いて何してたの?」

私はちょっと考えて言った。
「迷子になってました」
「は?」
マスターは、キーボードを打つ手を止めて、私の方を見た。

「迷子です」
もう一度言う。

「何、言ってるの?あなたにはGPSもついてるし、この街のマップデータだってメモリーに入ってるでしょう?迷子になるわけないじゃない。へんな子」

そのときのマスターは、不可解な物を見たような顔をしていた。
その顔を見て私は、メモリー内にあの少女の笑顔を描いた。


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