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兄の側の女(ひと)



その日、私は妙な胸騒ぎがして、目覚めた。
胸が締め付けられるような、感覚・・・
これは・・・きっと兄くんがらみの・・・ことだね。

兄くんは気付いてないかも、しれないが・・・いや、ぜったいに気付いて・・・ないな
この前、悪い夢魔から・・・必死に守って、あげたのに・・・当の兄くんは、涼しい顔で「千影、おはよう。昨日も夜遅くまで実験してたのかい?」なんて言ってた・・・のだから。

でも、ときどき・・・変に気を回してくれるときも・・・あるんだ。
そのときの、兄くんは・・・昔と同じように、振る舞ってくれるから・・・私は、想いが通じたのかと錯覚してしまう。
でも、私が、昔のように・・・そっと抱きしめてくれるのを、待っていると・・・兄くんは急に夢から覚めたように、普通の兄くんに戻ってしまって・・・
あぁ、いっそのこと・・・私に関心がないふりをしてくれれば、こちらも覚悟を決めて・・・ことを起すことも・・・できるのに
中途半端に優しいから・・・妙な期待を・・・してしまうじゃないか。
まったく、兄くんは罪な人だ・・・


私は、棚の奥の方にしまっていた、水晶玉を取り出して・・・"見て"みることにした。
この水晶玉はめったに使わない。
なぜなら・・・これで"見た"ことは、全て実際に起きてしまうから・・・
良いことも・・・悪いことも・・・
以前、見たときは、兄くんと出かける約束が、取りやめになった、ビジョンだった。
それ以来、使ってなかったな・・・


水晶玉をじっと見ていたら・・・兄くんの姿が見えてきた。
兄くんは・・・いつもののんびりした・・・笑顔を、していたよ
なんだか疲れたような、表情をしていたけど・・・楽しそうにも見えた。

フフフ、私の取り越し苦労だったかな・・・

そう思って・・・もう見るのをやめようとしたとき・・・それは起きたんだ。

誰か ─よく分からないが女性のようだった─ が兄くんの側に座って・・・
兄くんは、ちょっと慌てたような顔をしていた・・・それから
その女は・・・兄くんの頬に・・・唇を近づけて・・・そして


ピシッ
「あっ!」

突然、水晶玉にヒビ入って・・・それは音を立てて割れてしまった。
どうやら力を入れすぎてしまったみたいだ・・・

「まだ、支払いが終わっていなかったのに・・・」
未練がましく破片を撫でてしまう。


それにしても、あのビジョン・・・これから起きることなんだろうか?
いや、この水晶玉で見たことだから・・・必ず起きることなんだ。

「ならば、代償を払ってもらわないと・・・いけないな」
兄くんと・・・あの女に



「えっ!?僕によくないことが起きるだって?」

私があまり説明せずに ─だって、本当のことは言えないじゃないか。あんなこと─ 簡単に一言だけ言うと、兄くんはいぶかしげにそう言った。

「今日は・・・家に、居た方が・・・良いと、思うよ」
「まいったな。今日中にCDを返さないと、延滞料金が・・・」

まったく・・・自分の身に、危機が迫っているというのに・・・兄くんときたら、あいかわらず、不用心なんだから

だから、私も・・・兄くんに、ついていくことにしたよ
あの女が、何時現れても・・・兄くんを守れるように


お店まで、私は、兄くんを守ってあげようと思って・・・自分の手を、兄くんの腕に絡ませ、一緒に歩くことにした。
兄くんは、手を離してほしかったみたいだけど・・・これを離すわけにはいかない。
でも、そんなにいやがらなくても、いいじゃないか・・・これも、兄くんのためなんだから・・・おとなしく、イイ子にしていてほしいな。


「こんにちは〜」
通りを歩いていたら・・・見知らぬ女性が兄くんに近づいてきて・・・

この女か?
私が、キッと睨むと、その女性は血相を変えて、去っていった。
フフフ・・・私がいる限り、兄くんには、近づけさせないよ

「ち、千影。今のはポケットティッシュを配ってただけだよ」

兄くんは、遠くに去ってしまった女性に向かって、謝っていたようだが・・・あいかわらず、兄くんはお人好しだな
あの女は、兄くんを誘惑しに・・・来たかもしれないのに・・・



「ふう・・・ちょっと、ここで休憩しようよ」
用を済ませた後の、兄くんは・・・とても疲れた様子だった。
せっかく、私が怪しげな女達を・・・何度も、遠ざけてあげたのに。
どうしたんだろうか?
まあ、私も・・・午後の一時を、ここで・・・兄くんと過すのは、悪くない、と思う。


「ところで、僕に起きるよくないことって、どんなことなの?」
コーヒーをすすりながら、兄くんは私に聞いてきた。
もしかして、兄くんは分かってて・・・私に言わせたいのかい?

「それを聞いてどうするんだい?」
「いや、どんなことが起きるのか分かれば、対処のしようがあるじゃないか。水難の相が出てれば水場に注意すればいいし・・・」

そこで、私ははっとなった。
兄くんに迫る、女性の特徴が分かれば・・・兄くんを守りやすくなる。

私は、兄くんからコーヒーカップを受け取って、それにミルクを一滴たらした。
ミルクは表面で模様となり、あの女性の姿を浮かび上がらせる・・・はずだった

でも、何度やっても、浮かび上がってきたのは、私の姿で・・・

これから考えられることは・・・
ひょっとして、あの女性は・・・
・・・


「なるほど、そういうことか」
「分かったの?」
「ああ、兄くんの災いを避ける方法が、分かったよ」
「えっ!?本当かい?」

あの水晶玉に映ったことは、全て実現する。
ならば、私自身で、そのビジョンを実現してしまえば・・・フフフ

私は兄くんの横に、ぴったりくっつくように座ると ─兄くんはあのとき見た、ちょっと慌てたような顔をしていた─

そして私は、兄くんの頬に、口づけを、した。


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「うわぁ!」
僕は思わず叫んで、ズルリとイスから滑り落ちた。

「い、いきなり、何を・・・」
「フフフ・・・何って・・・兄くんに起きる災難を・・・取り除いてあげただけだよ」
「いや、しかし・・・」

僕は目だけを動かし、周りを見た。
店内の全員が、何事かと僕たちを見ている。

千影はキョトンとした顔で周りを見ていたが、自分がしでかした事に気付くと、耳の先まで真っ赤になって
「あ、あ、兄くん。わ、私は、これで、し、し、し、失礼するよ」
と、慌てて店を出ていった。
僕を一人置き去りにして

「ひょっとして、これが千影の言ってた、災難なのか」
僕は、周りの冷やかしの視線に耐えながら、その喫茶店を後にした。

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