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療養所での春



季節は巡って、この療養所にも、また春がやってきました。

朝晩の寒さも和らぎ、だんだんと暖かくなっていく日々。
森の木々たちも冬の寒さから解放され、のびのびと枝葉を伸ばしはじめ、小鳥たちのさえずりは元気良く、まるで春の訪れを高らかに宣言しているようです。


窓から景色を眺めているわたくしに向かって、ミカエルがワンと吠え、何かを訴えるかのような顔でわたくしを見ていました。
ウフフ、そうですね
こんなに良いお天気なんですもの


わたくしは、お医者様の許しを得て、ミカエルと一緒に、少し遠くの方までお散歩にでかけることにしました。


ワンワン!

「ミカエル、そんなにはしゃいではいけませんよ」

ミカエルも春の訪れを歓迎しているのでしょう
わたくしの周りを元気いっぱいに走り回っています。
つい先日、体を洗ってあげたばかりだというのに、これでは、今日にでもまたシャンプーしてあげなくちゃいけないかもしれませんね

でも、ミカエルの気持ちは、よくわかります。
だって、今日はとってもお天気が良くって、わたくしもはしゃいでしまいたいくらいなんですもの


空は高く晴れ渡り、風は優しく木々の葉を揺らしています。
お日様の光はやんわりと草花を撫でていました。

この空気に包まれていると「ああ、ここにも・・・この療養所にも、また春が来たのですね」と思ってしまいます。


わたくしがこの療養所に来てから何度目かの春


わたくし、最近思うのです。

もし、わたくしがこの療養所に来なければ、わたくしは、こうして春の息吹を感じることはなかったかもしれない、と


春の花の華やかさ

風に運ばれてやってくる草原の香り

にぎやかな鳥たちのさえずり

川のせせらぎと川魚の跳ねる音

森の木々が繁る色

太陽の光を反射してきらめく湖の水面

虫たちの合唱が聞こえる月明かりの夜

山々を彩る紅葉の鮮やかさ

風に揺れる木の葉の音

山の峰に沈む夕日

北風が窓を叩く音

雪景色の心静まる静寂さ

冬の日の日溜まりの心地好さ

透き通った夜の星の瞬き


こんなに
こんなにも季節の移り変わりを感じることはなかったかもしれない

もし、わたくしが病気でなかったら・・・


それに
もし、わたくしが療養所に来なければ、きっと療養所のみなさんにも会えなかったことでしょう
お医者様や看護婦さんたち
療養所でお友達になった人たち
療養所のプライベートスクールに通う子供達
本来、わたくしが出会わなかったはずの人たち・・・


兄上様
わたくしは神様に感謝しています。
わたくしをこの療養所に連れてきてくれて
たしかに兄上様と一緒にいられなかったのは、悲しいことでしたけど
でもたぶん、神様はわたくしのことを思って、わたくしをこんな体にしたんだと思うのです。
だって、わたくしが普通に暮していたら、兄上様と一緒に暮していたら、きっと、周りの景色には目もくれず、兄上様のことばかり見つめていたはずですから
周りのことには気にも止めず、ただただ兄上様のことだけを考えていたことでしょうから

わたくしが療養所へ行ったからこそ、季節の移り変わりを感じることができるようになったし、療養所の人たちとの出会いもあったのです。


それに、わたくしは大切なものに気付きました。
それは、兄上様と一緒に過す時間です。
普段会えないからこそ、兄上様と過す時間をとてもとても大切にできるのです。

兄上様と過す時間は、1分、1秒でも無駄にできないのだと

もし、兄上様と毎日会えていたら、こんなことは考えもしなかったことでしょう


"遠く離れているからこそ、気付くことがある"
わたくしはそう思いました。

わたくしはけっして忘れません。
療養所生活で感じたことを
療養所で出会った人たちを
療養所に来て、初めて気付いたことを
わたくしの心に生まれた想いを
けっして



だから神様。わたくし、そろそろ兄上様のお側に行っても良い、ですよね?

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