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騒々しい日々



「あ、衛ちゃん、それとって」
「ヒナもそれ食べたーい!」
「うん、でも花穂ちゃん。コレ人参入ってるよ」
「もっと時間があれば、いろいろトライできたんですけど・・・そうですの!キムチの辛さをプラスすれば、ピリッと刺激的な味になるはずですの!」
「白雪ちゃん、アイスにキムチを入れるのは、ちょっと・・・」
「亞里亞、それ食べたいです」
「わぁ、これ美味しい!後で白雪ちゃんに作り方、教えてもらっちゃおうっと」
「ふむふむ・・・もしやこれは!さすが白雪ちゃんです。あの素材をこのように仕上げるとは」
「うふふ、ミカエルにも後であげますからね」
「チェキ!むむむ、これはもしや伝説の・・・」
「ふむ、これは・・・なるほど・・・興味深いね」


とある休日、ここ亞里亞のお屋敷では、13人兄妹全員が集まって、パーティーが開かれていた。

衛のインラインスケート曲芸
鈴凛の新発明品発表会
可憐のピアノ演奏
亞里亞のファッションショウ (*衣装担当:じいやさん)
雛子の独唱
鞠絵の人形劇
千影の(自称)手品
春歌の舞
といった出し物が続き
花穂のチアダンスの際、ポンポンが手から飛んで咲耶に直撃したという他愛ないハプニングが起きたものの、妹たちの出し物はつつがなく終了。
今は白雪の特製スイーツにみんなで舌鼓を打っているところだ。

「お兄ちゃん、これ美味しいね」
「ああ、やっぱり白雪の作る料理は絶品だね」
「にいさま・・・姫、とってもうれしいですの」

会場では途切れること無くにぎやかな会話があちこちで交されている。


しかし、咲耶はパーティー会場である大広間を一人離れ、隣の控室にいた。

「ふぅ」
豪華な装飾が施された椅子に深く腰をかけ、咲耶はため息をつく。

<なんで、こんなことになっちゃったのかしら?>

頬杖をつきながら、咲耶は今までのことを振り返った。



ことの起こりは1週間ほど前・・・

その日、咲耶の家の電話がジリリーンとけたたましく鳴った。

「今日、兄やさまがいらっしゃったのですが、お帰りの際、亞里亞さまが別れるのはイヤと泣き出してしまい、なんとかなだめたものの、今はお部屋の方に閉じこもってしまって、兄やさまが来るまで部屋から出ないと・・・
あれこれとやってはみたのですが、万策尽き果てたという感じで、困り果てていたところなのです」

電話は亞里亞の家のメイドからだった。
話を要約すると「亞里亞が兄に会いたくて駄々をこねている」らしい。
メイドの困っている様が電話越しでもありありと目に浮かぶ。

そんなメイドさんを不便に思った咲耶は、つい「なんとかやってみます」と言ってしまった。
もちろん何か妙案があるわけではない。
あれこれと悩んだ末、結局、咲耶は兄に相談することにした。


「それなら、今度の休日に亞里亞の家に行くよ」
兄は咲耶の相談にさらりと答えた。

「えっ!?でも、お兄様、その日はお休みじゃないの?」

休日と言っても、兄は休みではなかった。
なぜなら妹たちとの約束で、休日はいつもふさがっていたからだ。
とある出来事をきっかけに、月に一度は兄一人の時間を設けましょうと、妹たちの間で紳士協定ができ、本当の意味での休日が兄にもたらされることになっていた。
今度の休日は兄にとって”休日”なのだ

「うん。でも、僕一人でいても退屈だし」
「そうなの・・・でも」

無理を言っているのは亞里亞なのに、なんだか申し訳ない気分になる。

「もしよかったら、咲耶も一緒に来てくれないかな?」
「えっ!?私も?」

咲耶は躊躇した。
「兄の休日」を言い出したのは、なにを隠そう自分自身なのだから、他の妹たちに気兼ねしたのだ。
しかし、兄の「亞里亞の相手は一人だと大変だから」という言葉に、これは亞里亞のお守りなんだと自分に言い聞かせることにした。


それから1時間後、ホクホク顔でいた咲耶に電話がかかってきた。

「ねぇねぇ咲耶ちゃん。四葉ちゃんから聞いたんだけど・・・」

電話は花穂からだった。
どこからか、今度の休日に咲耶と兄が亞里亞の家に行くことを聞き付けたらしい。
まさかウソを言うわけにもいかないので、事実を伝えると

「花穂も一緒に行きたいけど、い〜い?」

一瞬返答に詰まったが、しかし妹に意地悪するわけにもいかない
花穂の同伴を承諾し、電話を切った。

<まあ、一人ぐらい増えてもしょうがないわよね>

気分を切り替えるために、お洋服のチェックでも、と思ったとき、また電話が鳴った。

「もしもし、咲耶ちゃん?姫ですけど、今度の休日に亞里亞ちゃんのお家でパーティーやるって聞きましたの!姫、新しいお料理をみんなに食べてもらいたいから・・・」

咲耶が、はぁ、とため息をつき、受話器をおいた瞬間、また電話が鳴る。

「ねぇねぇ、咲耶ちゃん。可憐、今度のパーティーの出し物でピアノを弾きたいんだけど、亞里亞ちゃんの方でピアノを用意してくれるのかな?」
「うーん、それは聞いてみないとわからないけど・・・でも、どうして私に聞くの?」
「えっ!?だって、咲耶ちゃんが今度のパーティーの幹事をやるって、鈴凛ちゃんが言ってましたよ」
「はいっ!?」

結局、今度の休日に兄妹全員集まってパーティーをやることになり、咲耶が全てを仕切ることになっていた。


それから、パーティーの日まで、咲耶は目の回るような忙しさだった。

会場を手配し
パーティーの段取りを考え
会場の設営を指揮し
必要な道具をそろえ
妹たちの出し物の練習に付き合い
買いものに出かけ
一所に落ち着く暇などまったくない。

「どうして、私がこんなことを」と思いつつも「お姉ちゃんなんだから」と昔から言われていた台詞が頭の中で反響する。
頼られるとついいろいろと面倒を見てしまう、咲耶の性格にも原因はあるのだが・・・

そうこうしている内に、あっと言う間に1週間は過ぎ去って行った。
そして、今に至る。


「ふぅ」
咲耶は、またため息をついた。
そして、椅子の背もたれにグッともたれ掛かる。
ふかふかのそれは咲耶の体を柔らかく受け止めた。

「あはは、あにぃ!もっとバランスをとって」
「うー、ヒナもやるぅ!」
「むぅ、兄チャマにこんな特技が・・・これはチェキデス!」
「兄や、くるくるです〜」

静かな控室とは対照的に、隣のパーティー会場からははしゃいだ声がひっきりなしに聞こえてくる。

<あんなにはしゃいじゃって・・・そういえば、みんな集まってこんなに大騒ぎしたのは、ここ最近なかったわね。いつ以来かしら?>

咲耶は不意に昔のことを思い出した。
小さい頃、まだ咲耶や妹たちが兄と一緒に暮していたころのことを

そのころの私は・・・



『ねぇ、おにいさま。これ・・・どうかな?』
『ごめん、あとで。今、雛子が・・・』
『もう、おにいさまったら、ひなちゃんばっかり、ずるいー』
『雛子はまだ、赤ちゃんなんだからしょうがないよ。おーよちよち』
『びーーー』
『うわぁ、今度はなんだ?・・・げっ、おむつが・・・』
『もう!おにいさまってばー』

『うわぁーーーん、おにいちゃまぁ!』
『お兄ちゃーん』
『可憐、花穂、どうしたの?』
『お兄ちゃん。あのね、花穂ちゃん転んじゃって、ひざを擦りむいたらしいの』
『ぐすん。いたいよぅ』
『わかった、今手当てしてあげるから、花穂、泣かないで・・・
ごめん、咲耶。雛子のおむつ換えてて、お願い』

『あ、おにいさま・・・』
『びーーー』

あのころは妹たちが子供の分、今よりもっと手がかかったし、今よりさらに騒がしかった。
でも兄はそれを一人で相手にしていたのだ

<なのに、私はお兄様があんまり相手にしてくれないからって、拗ねていて>

過去のことを思い出して、咲耶は自分を恥じた。
もしタイムマシンがあったら、今すぐ過去へ行って、昔の自分にお尻ペンペンしたいぐらいの気持ちだ

<お兄様、ごめんなさい。私・・・>




「咲耶?」

突然の呼び掛けに咲耶は驚き、声の方へ振り返る。
今まで考え事をしていたせいか、まったく気が付かなかったが、椅子のすぐ後ろには、いつのまにか兄が立っていた。

「今日はおつかれさま」

兄は優しく微笑みかける。

「う、ううん。お、お兄様に比べたら私なんか」

どもった声で応えながら、咲耶は縮こまるように椅子に座り直した。
昔のことを思い出していたせいで、兄の顔を真面に見れない。
だが今の体勢は咲耶にとって幸運だった。
ちょうど兄は椅子の背もたれの方にいるから、正面を向いて座ると自分の顔が兄に見られないからだ。

咲耶が椅子に座ってもじもじしていると、兄は後ろから咲耶の肩にそっと手を添え、そして柔らかく肩を揉み始めた。

「やっぱり、だいぶ凝っているね」
「あ、お兄様。そんな・・・」

恥かしくはあったが、兄に止めてもらうように言うのは憚れるような気がした。
それに、こんな機会はめったにないのだ。止めてもらうのは非常に勿体ない
咲耶は目を閉じ兄の手の動きに身を任せた。


しばらくして兄が話しかける。

「今日までいろいろとみんなの面倒を見てたんだって?」
「あ、うん。でも、お兄様に比べたら、私なんか」
「ホント、咲耶には昔から頼ってばっかりだなぁ。苦労かけるね」
「そんなお兄様、私・・・」

『もう!おにいさまってばー』
昔の自分を思い出し、咲耶は赤面した。


「改めて礼を言うよ、ありがとう」

兄は後ろからそっと咲耶を抱きしめた。


「やーん、うまくできないよぅ」
「花穂ちゃん、もう少しひざを曲げて」
「そんな花穂ちゃんに、ぴったりな発明品が・・・」
「ワンワンッ!」
「ミカエル。そんなに大声を出してはいけませんよ」


隣の部屋では騒々しい声があがっている。
しかし、咲耶の耳にはその音はもう届いていない。
ここは、咲耶と兄、2人だけの世界になっていた。
何者にも邪魔されない穏やかな場所で咲耶は、何も思わず、何も考えず、ただ安らいでいた。
兄の手に自分の手のひらを重ねる。
じんわりと感じる兄の体温が暖かかった。

「咲耶、いつもありがとう」

兄は咲耶の耳元で囁くと、咲耶の頬にそっと口づけた。




「咲耶ちゃん?」
「うひゃあぁっ!!!」

夢心地でいたところに突然声をかけられ、咲耶は驚いて椅子の上にひょんと飛び上がった。
見ると、いつの間にか目の前に雛子が立っている。

「ありり?咲耶ちゃん、お顔が真っ赤っかだよ。どうしたの?」
「う、ううん、なんでもない!なんでもない!」

咲耶は両手をブンブンと振りながら言った。
蒸気を吹き出しているヤカンのように身体中が熱い。

「雛子、どうしたの?」
咲耶の後ろに立っていた兄が雛子にたずねた。

「ぶー、おにいたまがいなくなるから、ヒナつまんなーい。ね、おにいたま、あっちにいこ」

雛子はちょっとふくれた顔で、兄の手をぐいぐいとひっぱった。

「あはは、ごめんごめん。すぐに行くよ。咲耶はどうする?」
「わ、私は、もうちょっとココにいるから」

顔が電球のように熱かった。
今、妹たちに会えばあれこれ聞かれるのは必至だろう。
こういうことに関しては妙にスルドイ妹たちなのだ。
落ち着く時間が欲しい。

「じゃあ、雛子、行こうか」
「早く!早く!」

雛子がせかすように兄の手を引く

<あー、びっくりした>
咲耶の心臓はまだドキドキと早打っていた。


「あにぃ、もう、どこ行ってたの?」
「ははは、ごめんごめん」
「お兄ちゃま!花穂ね、できるようになったの!」

扉を開き、兄がパーティー会場へ姿を現すと、待ち構えていたかのように妹たちが話しかけてくる。
そのとき、兄の手をひいていた雛子が振り向き言った。

「ねぇ、おにいたま。ヒナにもちゅーして!」
「ええっ!い、いきなり、どうしたの?」

雛子の言葉にざわついていた会場が急に静かになる。
咲耶は雛子の言葉にギクッとした。

「だって、おにいたま、さっき咲耶ちゃんにちゅーしてたもん。咲耶ちゃんばっかり、ズルイー! ねぇ、ヒナにもちゅーして」

雛子の言葉がやけにはっきりと聞こえた。
そして

「兄君さま、いったいどういうことなのでしょうか?」
「お兄ちゃん・・・どういうことかな?」
「兄くん・・・素直に話した方が・・・身のためだよ」

すごい剣幕の顔をした妹たちが兄に詰め寄る。

「いや、あれは、その・・・」
あたふたしている兄

その姿を見て、咲耶は思わずぷっと吹き出してしまった。
あの場面を見られて恥ずかしいという気持ちは、どこかへ行ってしまい、代わりに、兄の狼狽えている姿が訳もなく可笑しい。

<そうだ>
咲耶はいたずらを思いついた子供のように、ふふふと笑った。

「ねぇ、お兄様。みんなにしてあげたら」
「ええっ!?でも・・・」
「私だけなんて不公平じゃない」
「えー、でもなぁ・・・」
「んもう、じれったいわね・・・こうなったら、みんなからお兄様にキッスのプレゼントよ
「いいっ!?」

咲耶の言葉に妹たちが騒ぎだす。

「まあ!なんということを・・・でも兄妹なら何の問題もありませんわね。ポッ」
「え、えっと、ボ、ボクその・・・」
「いやん、姫、恥かしいですの。でも、にいさまになら・・・」
「兄上様に、そんなことを・・・わたくし、でも・・・」
「兄チャマ。四葉の気持ち、受け取ってクダサイ」
「ア、アニキには、いつもお世話になってるから・・・そ、その・・・」
「可憐、恥ずかしいけど・・・」
「か、花穂がんばるね」
「早く、早くー!」
「亞里亞も〜」

妹たちは兄の周りでわいわいと騒ぎ始める。


咲耶はその騒々しさがなぜか心地よかった。

何年後か、何十年後かに、今日のこの日の騒々しさを思い出すことがあるのだろうか?
それは自分か、もしくはココにいる誰かが

<だったら、一生忘れられない日にしなくちゃね>

咲耶は、雛子と亞里亞にキスをせがまれて、おろおろとしている兄に後ろから抱きつくと、兄の頬にそっと口づけた。


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